アッシリアの歴史は、主に言語の変化、即ちアッカド語北方方言であるアッシリア語の時代変化に基づいて4つに時期区分される。
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初期アッシリア時代は、基本的に文字史料の無い時代である。主に土器の様式の変化によって更に細かく区分されるが、政治史の復元はほぼ不可能と言って良い。末期になると僅かに、シュメール語やアッカド語による文字史料が現れる。後世のアッシリア社会の原型は、この頃既に形成されていたと考えられる。
古アッシリア時代は、アッシリア語が古アッシリア語と呼ばれる形であった時代で、主に紀元前1950年頃から紀元前15世紀頃までを指す。アッシリア商人や、シャムシ・アダド1世の台頭によって多くの文書史料が残り、アッシリアの政治史が初めて具体的に復元されうる時代である。便宜上アッシュール・ナディン・アヘ2世までを古アッシリア時代とされるが、イシュメ・ダガン1世以降のアッシリア史は史料の欠落によってほとんどわかっておらず、政治史的には別時代である。
中アッシリア時代は、アッシリア語が中アッシリア語と呼ばれる形に変化した時代で、紀元前14世紀初頭あたりから、紀元前10世紀の末頃までの時代を指す。アッシリアの君主達が、旧来の「アッシュールの副王」ではなく、「偉大な王、アッシリアの王」を称するなど、大国としてのアッシリアが台頭した時代である。
新アッシリア時代は、アッシリア語が新アッシリア語と呼ばれた形であった紀元前10世紀の末頃から、アッシリアの滅亡までの時代を指す。この時代アッシリアは、全オリエントを覆う世界帝国を打ち立てた。有名なアッシュールバニパル王の図書館が作られたのもこの時代である。なお、「アッシリア帝国」と「新アッシリア時代」は混同するべきではない。
初期アッシリア時代
紀元前2000年紀に入る前の初期アッシリアの歴史は、文献史料が殆ど残されておらず、専ら考古学的成果によってその流れを把握するに留まる。後世アッシリアと呼ばれる地方に人が居住し始めたのは極めて古い。アッシリア地方の最も早い時期の集落、アルパチア、ハッスナー等は紀元前6000年紀頃には形成され始めた。紀元前5000年紀半ば以降になると南部メソポタミアで発生したウバイド文化が北部メソポタミアにおいてもその全域に広がり、ニネヴェなどに大規模集落が形成されている。これは南部メソポタミアでの灌漑農業の拡大とそれによる人口増加、経済の発展に伴い、各種資源の需要が高まり、金属資源や木材。家畜類などの交易規模が増大した結果、概要にあるようなアッシリアの地理条件のために交易中継地として人々の移動が激しくなった影響で、南部メソポタミアの文化が北部メソポタミア全域にまで拡大したものと考えられる。その後のウルク期を経て、南部メソポタミアとは一線を画す独自の地方文化が形成されて行く事となる。
紀元前3000年紀半ば頃、後に神格化される都市、アッシュルへの最初の居住が始まった。同じ時期までにカルフ(ニムルド)やアルベラ(エルビル)など、アッシリアの中心的役割を果たす都市の基礎も形成されている。アッカド帝国の時代には既に都市国家として独自の政治体制が確立されていたと考えられる。アッカド帝国やウル第3王朝の時代にはその覇権下に置かれ、建築事業などの一部が文字記録として残されるようになる。アッカド・ウル第3王朝の時代と前後して、都市アッシュルの神格化が進み、政治的一体性を持った地方としてのアッシリアと、アッシリア社会の原型が形成された。そして、紀元前2000年頃、ウル第3王朝の滅亡と前後してアッシリアが歴史に登場する古アッシリア王国時代へと入っていく事となる。